じょうどしゅう げんこうざん ほうどいん だいぜんじ
浄土宗 源光山 報土院 大善寺
●住 所:桐生市相生町2-804
●TEL:0277-54-3071  FAX:0277-54-6917
【本  山】 総本山知恩院
【本  尊】 阿弥陀如来 【開  山】 超雲上人
【開  基】 不詳 【開  創】 元和9年(1623年)
【住  職】 野口秀樹 【副住職】 野口康雄
年中行事
◆1月 修正会
◆2月 涅槃会
◆3月 節分会
◆4月 釋尊降誕会
◆8月 お盆(施餓鬼会)
◆12月 詠唱奉納会
◆12月 成道会
◆毎月1日 朝念仏会

 大善寺は元和9年(1623年)太田大光院(太田の呑龍様)呑龍上人の高弟である超雲上人によって開山される。呑龍上人は徳川家康の命により大光院の開山になるが、それ以前は関東十八檀林、八王子の大善寺の住職をつとめていた。超雲上人はその頃から側近の弟子として仕え大光院へも同行する。師匠の命により超雲は呑龍上人の住職をつとめた寺の名『大善寺』を受け継ぎ寺を開く。大光院は義重山という山号で新田義重を供養するために造られたが、当寺はその嫡流、新田義貞(法名源光院殿)を供養するために建てられた。従って山号を『源光山』という。また相生の地を選んだ理由は、江戸時代、新田(しんでん)と呼ばれていたことによる。
 寺宝として3代将軍徳川家光の母君より呑龍上人が賜った七条袈裟と念珠が現存している。
 今日までに2回(1757年・1875年)の火災にあい本堂焼失。大善寺第22世住職野口周善上人(浄運寺住職28世)が明治43年広沢の代官屋敷の古材を購入し仮本堂を建築する。昭和22年、第24世住職野口健策上人(明照学園樹徳高等学校の第2代理事長校長)が就任し、呑龍上人節分会の再興、墓地整理事業、毎月の朝念仏会等々、当山に新しい息吹を注ぐ。昭和54年、第25世の野口秀樹現住職、若干25才でこれを受け継ぎ、呑龍堂建立、墓地用地・境内地購入。平成4年12月27日檀信徒及びすべての関係者の協力により本堂・書院等を新築する。
 浄土宗は、鎌倉時代に仏教を庶民のものにした、日本の宗教改革者といわれる法然上人が開いた宗派です。仏教の教えは八万四千もあるといわれますが、その名から今の私達が誰でもたやすく行うことのできる念仏の行(南無阿弥陀仏を称える)を選びとられました。大善寺はこの法然上人の教えを純粋に継承しております。当寺の院号は報土院(報土とは阿弥陀様がいらっしゃる極楽浄土のこと)ご本尊の阿弥陀様は歯吹如来(歯のある仏様、大変めずらしい仏様、1344年の作)といわれ、念仏を唱えられている姿とも、民衆救済のため極楽浄土で説法されている姿とも言われています。このような環境からか檀信徒の皆様が大変よくお念仏を称えられます。したがって通称「ねんぶつ寺」と呼ばれています。
 本堂の須弥檀、宮殿は寺名の様に現世に極楽浄土を再現しようと試みました。藤原時代の様式を取り入れ、わずかに残された伝統技術の粋を集め、中尊寺を思わせる螺鈿装飾、関東以北では代表的な仏具の一つになると思われます。どうぞお参り下さい。

本堂 平成4年完成

 
本尊 阿弥陀如来
(歯吹如来)
須弥壇・宮殿
中尊寺型(螺鈿)
も ど る
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